ぬるぽを見かけたら 全力でぶっ叩くのみ


by Denullpo Smasher Hammerson
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コワイネー(´・ω・)(・ω・`)ネー症候群

連日、ベクレルだのシーベルトだの何万倍だのいろいろ騒がれているんですが、
普段あまり接することのない内容なんで、放射能/放射線の知識なんぞほとんど
ないシトも少なくない。原爆とチェルノブイリの話聞いた程度の予備知識で
いろいろ煽られていたりするのが現状。
この話に限らず、やたらと騒いでるシトって誇張を含んでいることが多い。
殊に、過剰な悲観論vs過剰な楽観論で延々と騒いでいる場面というのは
どっちの陣営も相手を納得させることができないことを示している。
そんな中で与えられた情報の真贋を見極めるにはそれなりの予備知識が
要るわけなんですが、それがないまま諍いの現場に晒されていると、
嘘も真もひっくるめてコワイネー(´・ω・)(・ω・`)ネー程度の認識しかできない。
その結果、心理的に悲観論側に傾きがち。何故なら、何にしても用心に
越したことはないからである。そりゃー、楽観論者なんてパニック映画の序盤で死ぬタイプだし。
ところが、その用心ってのも度が過ぎれば毒になるわけで。
これを仮に、コワイネー(´・ω・)(・ω・`)ネー症候群としよう。


ステージ1: 不安の蓄積
真贋の区別がつかずにただ積もりゆくコワイネー(´・ω・)(・ω・`)ネー成分は、
そのまま不安要素となる。それでストレス溜めて胃潰瘍になったりとか、
内部被曝怖がって物が食べられなくなって栄養失調になったりとか、
まったくもって本末転倒である。こーなると放射能とどっちが危険だか
わかりゃしないんだが、おそらく本人は気付かないだろう。
まー、健康のためなら死んでもいいっつー伝説もあることだし。

ステージ2: 類は友を呼ぶ
自分が正しいと確信を持つようになると、今度は自ら諍いに参加する
ようになる。たとえ真贋が判断できないままでも、そこは信心でカバー可能。
知識を持つ者には通用しないが、同様に真贋が判断できない相手なら
このレベルでも充分。
こうして同類はゾンビ映画のお約束展開的に増えていく。
(なお、この点についてはどっちの陣営でも似たようなもん。受け入れやすさの違いだけ)

ステージ3: 拒絶反応
真贋の区別がつかないから、全てにおいて用心に越したことはない
という判断で行動することになる。本人だけで完結することなら
勝手にやってもらって構わんのだが、ときには他人を巻き込む
ケースもある。話に聞く福島お断りなんてのも、そんな過剰な用心の顕れ。

ステージ4: 消耗そして絶望
用心ってのは、いろいろと気を遣うんです。
気力があるうちなら、あれもこれも用心でやっていけるんですが、
ずっとは続けていかれない。そのうち疲れてくるんですな。
その先で待つものはケースバイケースだが、病気だったり自殺だったり
宗教屋に毟られたりと、大抵は碌なもんじゃない。

ステージ5: やけっぱち
絶望を乗り越えた先、誰もが辿り着けるわけではないが、そこに一つの境地がある。
滅びが目前にあるならば、他に怖いことなど何もないという超前向き発想。
平たくいえば、どうせ死ぬならその前に好き放題やらかしておこうと。
その結論は、やけ食いからハルマゲドンまで十人十色。とりあえず、
ものによっては秩序という点で脅威となる。善良な国民にとっちゃ
余計な心配事が増えることになろう。


…とまあ、過剰な楽観論が滅びの第一歩であることも確かだが、
過剰な悲観論もまた滅びの第一歩だったりするのだ。
用心が本末転倒にならないためにも、真っ先に真贋の判断というファクタが
重要になってくる。石橋を叩いて渡ることも大事だが、叩きまくって壊したら逆効果。
そんなオチにならないためにも、まさに、正しく知って正しく怖がる。
これに尽きる。
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by denullpo | 2011-05-04 08:15 | 戯れ言