ぬるぽを見かけたら 全力でぶっ叩くのみ


by Denullpo Smasher Hammerson
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国債破綻後、日本はどうなるか考えてみる

日本は赤字が嵩んで破綻する。
もう何年も前から言われてきたことだが、実際に破綻したらどうなるか?
奥深いテーマなので、可能な限り深く考えてみる。

初めに、嵩んでいく赤字はどんな現象であるのか説明しておく。
単純な話、収入より支出が多いという状態ではあり、費用対効果という観点で
失敗していることを意味するわけだが、単純に利益を追求していけばいい
企業とは違い、国家というものはそれだけで完結しないという難儀な存在。
何故かというと、企業は収益が伸び悩んだら赤字分野を切り捨ててしまえば済む。
が、国家は赤字だからといって切り捨てようにも切り捨てられない。
切り捨てることは、その分野に関わってきた人を切り捨てること、
つまり失業者の増加を意味する。

で、ここからが問題。
企業にとって失業者は赤の他人だが、国家にとっては失業者もまた
国家の一部なのである。稼げない国民だからといってどっかに棄てられたり、
殺処分されたりはしない。憲法第25条に基づき、手厚く保護されることになる。
実際はそれでも救われない者が多数いるわけだが、そこらの発展途上国では
到底真似できないぐらいの社会保障レベルであることは間違いない。

社会保障ってのは先進国ならではのシステムなのだが、そのシステムを
維持するためには費用対効果なんぞ度外視でなければ成り立たない。
そして、そのシステムのユーザが増えるほど費用対効果の点でますます
不利になっていく。要するに悪循環であり、悪循環は放置するほど悪化する。
これ故に、可能な限り早く、何が何でも打破しなければならない。
何度失敗しようとも、止めたらそこで終焉。
これが、国債発行を止められない理由である。

ついでに、打破するために借金しまくっていいのか? という点にも答えておく。
いくら赤字が嵩もうとも、回復の軌道に乗せさえできればあとは経済規模を
増しながらインフレで薄めていくだけなので悲観することでもない。
これが一般の借金との違いである。
…と、長い前置きになってしまったが、基礎知識として踏まえておくということで。




では、ここでいう破綻とはどんな現象を指すのか?
現在、日本の国債は主に国内の金融機関によって買われている。
単純にいえばその余力がなくなるとき、国債の買い手はいなくなる。
でも、限度いっぱいまで国債で詰められることはない。
いよいよとなれば早めに見切りをつけることになろう。
そのあたりで、日本円暴落コースのはじまりはじまり…となるところだが、
実は王道的な破綻回避策が存在する。
日銀が万札刷りまくって国債を買い取ってしまえばよい。
どちらも日本円の価値が落ちることだけは同じだが、国が資金を調達できるか
という点で正反対の結果になる。資金を得る手段があれば存続できるのに、
敢えて破綻コースを選ぶのか? …まずあり得ない。
この時点で破綻論そのものが怪しくなってきたわけだが、話を進めるため、
ここは敢えて破綻コースを選ぼう。それほど無能だったということにして。

さて、新たな国債発行ができなくなった。無理矢理な話だが、造幣も
できなくなったということにしよう。そうでもなければ、このコースにいる
ことの説明つかない。あと、国有資産の散財やIMF沙汰という路線もあるが、
それを含め万策尽きたということで。破綻論者がどこまで想定しているのかは
不明だが、もともとが無理矢理な設定なのだ。中途半端ではかえって矛盾の
もととなる。ここは、とことん最悪路線想定で。

…というわけで、無理矢理な世界設定だが、とにかく万策尽きた。
とりあえず、資金調達ができないのだ。そこまでくたばっているのなら、
税収もまたくたばっているであろう。そんな状態でどうやって国家を運営
していくのか?

確実にいえることは、決して赤字にはできない。これ故、ひとつひとつの
政策に費用対効果が要求されていく。社会保障などといった先進国ならではの
贅沢な要素は真っ先に排除されることになる。そして、行政機構は極端に
縮小していることだろう。公務員を雇うことすらままならない状態だ。
人手がなければ、大がかりな行政サービスは実行できない。
こんな貧弱行政環境は、警察や消防といったところにも例外なく顕れる。
必然的に治安は悪くなるが、住民とてこれを黙って見ているわけではない。
このあたりは自警組織にとって代わられるであろう。ただし、民間に
警察業務を委任することは諸刃の剣である。自警組織といえば聞こえはいいが、
ギャング団のような存在を想定すべきである。何故なら、勢力的にその自警組織を
監査するほどの余力が国に存在しないからだ。そんな集団ならば、その中身は
私刑も賄賂もアリアリ、もちろん公正な裁判なんて期待するべからず。

…とまぁ、何やら危険な背景ではあるが、経済面ではどうだろうか?
無理矢理な設定で強引に最悪を選んだのだ。当然、日本円は紙屑である。
そこに至る経緯を説明しよう。
終わりの始まりは、破綻コースを行くよりも前に顕れる。
金融機関や投機屋といった上流が相次いで見切りをつけ、日本円の
浴びせ売りが始まる。ここで、"円安で輸出産業ウマー"とか呑気なこと
考えてたら、それは大きな間違いである。円安が輸出に有利であるという
事実は、円高という比較対象が存在するからこそ相対的に成り立っている
のである。もう二度と円高はやってこないという前提なら、有利という
事実さえも存在しない。円安の端だと思って外貨を円に換えても、
そこから円高にならない限り決して得にはならないのだ。
そんな感じで、手持ちの日本円をできるだけ外貨や地金に換えておこうと
いうムーブメントが興る。円はほぼ一方的に売られるのみだが、
それもいずれは終わることになる。

で、破綻の時は来る。この時点より日本円の価値はなくなる。
とはいえ、それはあくまで国際的な観点での相対的な価値差の話。
国内での取引で完結するのであれば、国際的な観点など何の意味もない。
しばらくは、国内通貨としての日本円は存続し続けるであろう。
何故なら、破綻した通貨は基本的に外貨との交換が利かない。
受け付けてくれる金融機関がないのである。なかには例外もあるだろうが、
たとえボッタクリ価格だとしても商売には使えない。破綻した通貨なんぞ
一部のコレクター以外誰が欲しがるかっての。
そんなわけで、外貨へシフトする機会を逃した多くの国民は、たとえ
破綻してても選択の余地はないのである。

国内通貨と外貨がパラレルに存在し、用途に応じて使い分けられるのは
発展途上国では珍しいことではない。ただし、その均衡が保てるとは
限らない。特に、国内通貨が破綻している場合は可能な限り外貨に
シフトしていこうという傾向にある。一見均衡を保っているように
見えるのは、外貨にシフトする機会がないというだけなのだ。

日本でその均衡を破るのは、国内の物資不足である。
現在でもいろんなものを輸入に頼っているという事実、そこで対外取引が
できなくなったら物資不足になることは自明。
ここで、対外取引を外貨で行っているなら問題なく輸入できるであろう
という指摘は想定される。だが甘い。外貨で品物を買い、それを国内に
持ち込んだという事象、その者は外貨で取引できる"持つ者"である。
で、その品物を国内で誰かに売るとしよう。その相手は、外貨で
買おうとする"持つ者"か、日本円で買おうとする"持たざる者"か。
よほどの気の紛れでもない限り、売り手は前者を選ぶ。
破綻した通貨なんぞに価値を認めてないからだ。この傾向は、
"持たざる者"が物資を調達できないことを意味する。

ここで例外があるとすれば、"持つ者"相手に取引できる材料を持つ
別種の"持つ者"の存在。日本ならではの品物を売って外貨を得る者、
または物々交換ができる者、或いは"持つ者"の下で働き賃金を得る者。
そして彼らもまた"持つ者"の仲間入りをすることになるのだが、
それは誰でもできるというものでもない。ここで"持つ者"と
"持たざる者"は分断され、"持たざる者"は物資不足から逃れられない。

そして物資不足はハイパーインフレを引き起こす。"持つ者"に
なれなかった"持たざる者"には、想像を絶する貧困が待っている。
もちろん生活保護なんて贅沢なもんないですよ。政治的事情は
さっき書いた通り、とても福祉どころではないのだ。

では、こんな世の中でどう生き延びるのか?
極端な話、金で物が変えない社会構造でも水と食糧さえあれば
生きてはいかれる。ならば、農業転向が生きる道といえよう。
幸い、日本は農業に適した気候と地勢である。物資不足で機械も
肥料も農薬も不足している状態では過酷な仕事となろうが、
生きる道は示されている。もう、一億総農業でもいいぐらい。
ただ、これには罠がある。農業と物々交換で構成される社会
といえば弥生時代だが、その弥生時代、より条件のよい土地を
めぐって争いが絶えなかったと聞く。特に凶作ともなれば
皆が必死であろう。これでのんびりスローライフとか考えて
いたのであれば、だいぶ甘い。

…という感じ。
とりあえず、"いっそのこと一度破綻した方がいい"なんて
ヤケッパチ終末思想の持ち主は考えを改める方がいい。現在のレベルでさえ
生活に困っている者が、社会保障もなくなった時代で生きていけるのか?
考えれば考えるほど、物凄く胡散臭い話である。ヤケッパチ終末思想なんてのは
新興宗教の戯れ言程度に思っておくのがよかろう。破綻後なんかより
遙かに恵まれている今こそが、復活のチャンスなのであると。
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by denullpo | 2011-02-16 01:40 | 戯れ言